真・こちんぴ雑記帳

 

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7月1日 労災って保険対象外なのね。会社に確認したら会社側で手続きするらしいけど
 昨日のハナシ。
 会社では品質保証部に所属しているのだが、定期的に生産現場の清掃作業というのが入ってくる。
 生産現場は生産課管轄だろ、と思うのだが、「清掃が出来ているかの検証」のついでに一緒に清掃する、って事になっていてな。
 TVでよく見る除染服みたいな服を着、ゴーグル等もつけた状態で生産ラインの機械によじ登ったり、配管を跨いだりと、なかなかにアクロバティックな動作も入る。
 そんな中、かがんだ状態から立ち上がった時に思いっきりSUS製の配管に頭を強打した。
 配管自体は割とみんながぶつかる位置にあり、オレ自身も何度も頭をぶつけた事がある。
 ところが昨日はエラい勢いでぶつけまして。打った瞬間に目から火花が出るというか。首がグギって縮むカンジがしたというか。
 何とか我慢して清掃を続け、その後の業務もあったので検査室に戻ってきたものの頭と首が痛くて集中力が全く出ない。
 とりあえず休憩して少し横になってみたが改善せず、同僚や上司と相談の上、病院の救急窓口に行くことに。
 入社以来、初の労災ですよ。
 何とか家まで車を運転して帰り、親の車で病院へ。
 医者から問診を受けたものの、箇所が箇所なのでCTを撮ることに。
 結局は何ともなかった。
 とはいえ、痛みがあったので痛み止めを処方されて1日安静にしていろと言われて帰ってきた。何だかんだで病院には2時間以上いたのかな?
 1日経ったがぶつけたところは触ると痛い。日中は何もしてなくても地味に痛かったのだが、時間の経過とともにそれは和らいできた。
 大したことがなかったのは不幸中の幸いだが、過去にウチの会社であった労災の中で病院まで行ったのにコレといった外傷が無いのはオレくらいじゃなかろうか?それはそれで何となく気まずいのだが。騒いだ割に大したことねーじゃねーか、的な。
 あと、事情聴取された上で事故報告書を書かなきゃいけないハズで、それも気が重い。

7月3日 藤波辰爾が「江 女たちの戦国」で真田昌幸役やってたな。何故か赤備え着てたが、ドラゴンのイメージから謀将っていうよりは脳筋馬鹿にしか見えなかった

 目覚ましかけて3時に起き、サッカーを見て5時前にTVの前で叫ぶ、という。 (´・ω・`)
 
 写真を見ての感想は「意外と似合ってるな」だった。
 あと感心したのがNHK大河の時代考証。江戸時代は戦がない時期が続いた&大鎧の立派さに憧れた、って事で復古調の甲冑が多く作られた。
 その結果、いろんな時代の特徴がごちゃ混ぜになった甲冑が増え、さらに幕末初期は甲冑の着方もよくわからないような武士がとりあえず甲冑を入手して身につけたりしていたという。
 写真で長州力が着用している具足も胴そのものは当世具足である桶側胴でありながら、鎌倉時代の大鎧のような大袖や栴檀板&鳩尾板がついている。
 まぁ、そんなところに注目して見ている人間は少ないと思うが。

 ちなみに「西郷どん」は正直なところ、いつ切ろうか?くらいなカンジだったりする。
 ウチの両親は比較的ハマっているようなのだが、個人的には西郷隆盛という維新の偉人を取り上げた割にはハナシのスケールが微妙な気がしてどうも楽しめない。
 これが去年の「おんな城主直虎」」みたいに無名の主人公だったりすると創作部分も許せるし、「真田丸」みたいに「このネタ拾ったか!」みたいな歴史好きに対するくすぐり的な要素があるわけでも無いしな。

7月6日 たぶん「1999年の前」ってのが大きかったと思う。人の不安を煽るって点で

 嫌な予感しかしない。
 たぶん実写化に不安がよぎるのは、ケツアゴシャアのせいだろうな。あとGセイバー。
 別ソースだと「どのガンダムかは未定」とあったので1stじゃない可能性も。アメリカだとWが放送されて人気があり、Gが大人気だったと聞いたことがあるが。確かにGのオモチャはアメリカでやたらと充実していて、日本に逆輸入されてたもんなぁ。
 一方で1stは不人気で打ち切られたと聞いたことがある。打ち切り理由は「作画が汚いから」。そりゃ、放送から20年以上経って輸出してもな。

 個人的にはすごく感慨深いニュース。大雨報道に隠れたカタチになっているが、ひょっとしたらそれを狙ったのだろうか?と勘ぐりたくもなる。
 1995年というのは、オレにとっては忘れられない年だった。
 1月にセンター試験を受け、その翌々日に阪神大震災。確かセンター試験の自己採点で登校した翌日で、高校が振休だったので朝からずっとTV見ていた記憶がある。
 3月には地下鉄サリン事件。高校を卒業して春休みの時期で、就職前で実家に帰省していた兄貴と生放送のニュース映像を見て「エラい事が起きてるぞ」と大騒ぎした記憶がある。
 4月には大学入学で人生初の独り暮らし。
 で、5月に麻原彰晃逮捕。朝ニュース見てたらカナリア持った警察官がサティアンに向かう映像を中継していて、「こりゃ大学行くどころじゃねーな」と思い、その日1日はずっとニュース見てた。
 同じ年には野茂が大リーグに挑戦しており、野茂の試合の時は大学を休んでTV中継見るか、大学図書館でTV見てたっけ(大学図書館にBSが視聴できるTVがあった)。
 6月にはハイジャック事件が起きた。あまり大したハイジャックでは無かったと思うが、毎週楽しみに見ていた「王様のレストラン」の放送が1週飛んだのですっごい記憶に残っている(確か、7月期は「沙粧妙子-最後の事件-」が同じ放送枠で放送された)。
 10月には新日本プロレスとUWFインターの対抗戦が東京ドームであり、当時プロレスに夢中だったオレは固唾を飲んでTVを見ていた反面、武藤VS高田の試合が足4の字固めという超古典技で終わったことに戸惑った覚えがある。
 当時はリングスとかUWFインターとか藤原組とか格闘技色の強い団体が隆盛だったからね。足4の字かよ!みたいな。
 (ドラゴンスクリューもあの試合まではそんなにクローズアップされるような技ではなかったし)
 良くも悪くも印象に残る年で、阪神大震災とオウム事件、バブル崩壊後の不景気等、世相としては非常に暗い1年だったように思う。それだけに野茂の活躍は当時のオレにとっては光明だったなぁ。
 個人的にもサークルに入ったものの酒ばっかり飲むサークルだったために体調を崩し、そのサークルから足抜けするために非常に苦労した記憶。
 その反動でその後は特にサークルにも属さず、バイトもせず、大学の同期とは接点がほとんど無く(当時は教養科目がメインで語学の授業と週1くらいの専門科目でしか同級生に会う機会がなかった)、ずーっと家の近所にあったレンタルビデオ屋で借りてきた映画ばっかり見ていたっけ。
 そういった意味ではオレの人生も比較的暗中模索の時期だったわけで、印象に残ったのかもしれん。
 実際、翌年や翌々年に何があったか?と聞かれてもすぐには思い出せんなぁ。それくらいに1995年は印象深い。